名古屋高等裁判所 平成2年(ネ)712号 判決 1991年9月26日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨。
第二当事者の主張
当事者間に争いのない事実と争点は、原判決「事実及び理由」の第二事案の概要に記載されたとおりであるから、これをここに引用する。
第三証拠
証拠関係は、原審及び当審における各書証目録、原審における証人等目録に記載されたとおりであるから、これをここに引用する。
第四争点に対する判断
一 岩崎の自賠法三条の責任の有無
1 自賠法三条の「他人」とは運行供用者、当該自動車の運転者、運転補助者以外の者であると解されるが、例外的に共同運行供用者のうちの一人が被害者となつた場合に、被害者である共同運行供用者が同条にいう他人に該当するか否かにつき、一律に他人性を否定又は肯定するのは相当でなく、共同運行供用者の自動車に対する運行支配の程度が同等であつた場合には、自賠法三条の他人であることを主張することはできないが、事故を惹起した共同運行供用者が、同乗している自動車の所有者又は正当な使用権限を有する共同運行供用者の運行支配に服さず、その指示を守らなかつた等の特段の事情を、被害を受けた共同運行供用者において主張立証することにより、自賠法三条の他人として救済されることがあるものと解される(最判昭和五七年一一月二六日民集三六巻一一号二三一八ページ)。
2 そこで、岩崎と広伸の本件車両に対する運行支配を有するに至つた経緯、事故に至る具体的運行に対する両者の支配の程度、態様により右特段の事情の存否を検討する。
成立に争いのない甲三、甲六、甲七、甲一〇及至一三号証、原審証人中谷尚子の証言、原審における被控訴本人の供述及び弁論の全趣旨を総合すると、右の点につき、次の事実を認めることができる。
(1) 中谷は本件車両を昭和六二年九月に中古で買い入れ、私用にのみ使用していた。中谷は同年一〇月ころ株式会社ノバへ入社し、英語教材販売の営業に従事していた。
(2) 広伸は、昭和四二年一二月二二日生れで高校中退後、二か所の勤務先を転職し、昭和六二年一〇月末か一一月初め頃株式会社ノバに入社した。
(3) 岩崎は、昭和四一年二月一〇日大分県で生まれ、生活歴は不明であるが、単身名古屋へ出て昭和六二年一〇月ごろ、中谷の入社より一か月ほど早く株式会社ノバへ入社し、中谷、広伸と同じ教材販売の営業をしていた。
(4) 中谷、岩崎、広伸の三人は、昼食を一緒にしたこともあるが、中谷からみて岩崎、広伸の二人は仲が良いように見えた。
(5) 広伸は、株式会社ノバへ入社した後間もなく岩崎から被控訴人方へ泊めてくれるよう要求されたこと、広伸は支給を受けた給料約一五万円を使いはたした後、再三被控訴人に小遣を要求するようになり、被控訴人は一か月足らずのうちに五〇〇〇円を二、三回渡したほか一、二万円づつ渡し、一一月二六日には三万円を渡したが、使途について被控訴人が追及すると、広伸は、岩崎から毎日のように金をせびられ、渡さないと怖いと告白したので、被控訴人は、そのような友人がいる会社を辞めるよう忠告し、広伸も同月末にはノバを退職することを決めていた。なお、広伸は原動機付自転車の運転免許しか持つていなかつた。
(6) 事故の前日二七日午後九時ころ、中谷は会社で岩崎、広伸のどちらかから車を貸してくれと頼まれてこれを承諾し、中谷が運転する本件車両に岩崎、広伸を乗せて名古屋市名東区一社四丁目の中谷居住のアパートまで戻り、午後一一時ころ車のキーを岩崎又は広伸のいずれかに渡して本件車両を両名に貸し渡した。その際、両名とも家へ帰る電車賃も無いとこぼしていたので、中谷は、岩崎が西春日井郡師勝町の、広伸が春日井市高蔵寺町の各自宅へ本件車両で帰るものと思つていたが、両名のうち誰が運転したかは見ていなかつた。広伸はその翌日に本件車両を会社に乗つて来て中谷に返還する旨約束していた。
(7) 被控訴人は、同日午後八時三〇分ころ、広伸から連絡電話を受けたが、その内容は「名古屋は雨が降つているので春日井の自宅へ早く帰りたいが、岩崎に食事に誘われているので帰れない」という趣旨のものであつた。
(8) 本件事故は、中谷が本件車両を貸し渡してから約四時間後午前三時一五分ごろに発生し、事故現場は中谷のアパートから車で数分の場所であつたが、その間の運転状況は全く不明である。事故当時は岩崎が運転し、広伸は助手席に同乗し、岩崎は制限速度の二倍近い時速約一〇〇キロメートルの高速度で前方車を追い越そうとしてスリツプし、電柱に激突して両名とも即死した。
(9) 岩崎は、昭和五九年九月から六二年八月までの間四回の無免許運転を繰り返す違反歴があり、事故当時免許の取得登録はされていなかつた。大分県佐伯市の岩崎の父の住民票によれば岩崎の子として清家歩が登録されている。また被控訴人が広伸の葬儀の二、三日後に岩崎の父昇に電話をした際、同人は謝罪し、岩崎がいつか事故を起こしてこうなると思つていたとか岩崎が死んで安堵した旨答えていた。右の認定に反する甲第一〇号証の一部、原審証人中谷尚子の証言の一部は採用できない。
3 以上の事実からすると、岩崎と広伸は、中谷から本件車両を翌二八日朝までの約束で、二七日午後一一時すぎ共同して借り受け、その運行支配を共に享受したものであるから、両名は本件事故発生当時、本件車両の共同運行供用者であると認められる。
そして、前認定(2)(3)の年令からみると広伸は事故当時未成年であり、岩崎が一年余年長であつたこと、岩崎の交通違反歴と名古屋へ単身九州から来るまでの(9)の生活歴、入社以後岩崎が広伸に対し毎日のように金をせびり、広伸は畏怖してこれを拒否できず、母親の被控訴人に小遣いを要求してはそれを岩崎に渡していた(5)の経緯、広伸は岩崎を逃れるため退社する決意までしていたこと、本件車両を借り出す直前に、広伸から早く帰宅したいが岩崎に誘われているため帰れないと訴える母親への電話があつた(7)の事情、(8)の事故当時の運転状況を総合すると、広伸は岩崎の要求どおり同人に引きずられて行動していたこと、したがつて、本件車両の運行支配についても両名が対等、同等ではなかつたと推認される。以上のような事実からすると、岩崎が主導権を握り自己の思うまま本件車両を運行し、仮に広伸が岩崎に対し運転の交替を命じたり、安全のため行き先や運転方法につき指示又は注意しても、岩崎がこれに従うことはなかつたものと認めるのが相当であるから、岩崎には本件事故当時、共同借主として共に本件車両の正当な使用権限を有していた広伸の安全運行支配に服さず広伸の指示を守らなかつた等、共同運行供用者としての広伸の、事故を抑止する立場、地位を没却及至減殺する特段の事情があつたものと認められる。
従つて、広伸は岩崎に対し、自賠法三条の他人性を主張することができると解されるから、控訴人は広伸の相続人である被控訴人に対し、自賠法一六条一項に基づき損害賠償の支払をなすべき義務がある。
二 中谷の自賠法三条の責任の有無
右についての当裁判所の認定判断は、原判決のこの点についての説示と同一であるから、原判決六丁裏七行目から七丁裏三行目までをここに引用する(但し、原判決六丁裏七行目「右一に」を「右一2(1)乃至(4)(6)(8)の」と訂正する)。
三 損害額、好意同乗等による減額、賠償額
右については、当裁判所も被控訴人の本訴請求のうち六三八万二二六七円及び本件事故の翌日以降支払済みまで右に対する年五分の割合による遅延損害金の支払を認める範囲で理由があるものと判断する。
その理由は、原判決九丁裏一行目から一一丁表五行目までの認定説示と同一であるから、これをここに引用する。
第五結論
以上のとおり、被控訴人の本訴請求は、右第四 三の限度で理由があるから、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 土田勇 水野祐一 喜多村治雄)